発達障害の病態と治療の研究ネットワーク
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「共感性障害の脳生理学的特性:自閉症スペクトラム障害の診断指標」

東京農工大学生命工学科教授
中村 俊、小柴満美子

我々は、社会性行動に着目し、その基盤である共感性が、共通動機に基づく、同調行動を介して発達することを、動物モデル(家禽雛および小型霊長類マーモセット)を用いて明らかにしてきた1)。その結果、共感性は報酬系回路による感覚運動統合を介し、自己と他者を重ね合わせるミラーニューロンシステムに一つの基盤をおいていると考えられた2−4)。神経システムの出力は、生理学的反応や行動として現れるため、生理学的・行動学的反応を計測することによって、逆に、神経システムの機能発達や障害を推定することが可能である。そこで我々は、生理学的・行動学的反応を定量し、統計学的モデルを用いることにより、動物の認知心理学的状態やヒトの精神状態を判別する方法を開発している5,6)。身体の動画像解析から社会性行動の質を判別する本解析方法は、健常大学生を対象とした予備的検討から、特定の場面での快・不快の判別に有効であることが示されたため7)、発達臨床における社会適応度の診断支援にも適用できる可能性があり、芦屋大学、埼玉医科大学の協力のもとに検討を行った。

1)解析の目的と概要

 個人の遺伝的および発達的な環境に依存して育まれる精神機能のニューロンネットワーク形成は健常者を含め多様な個性的情動の基盤となる2, 8, 9)。しかし、高次脳機能の障害が関わる精神疾患は、多様な病因や表現型が折り重なって複雑な症状を呈し、症例間の境界が不明瞭になりやすく、客観的な診断法の定式化が困難である。私たちは精神状態のシグナルとして「行動」を取り上げ、行動の構成因子を抽出後、統計的に再構成処理を行うことで定量的に把握するシステムの開発を試みている5,6)。今回は児童・思春期のASD患児男女(計7名)、および、彼ら兄弟姉妹の健常者(計5名)を対象として、その特徴的症状の分離・可視化を試みた。特性把握には動画撮影装置と赤外線サーモグラフおよび脳波、心拍等の接触型生理計測とした。さらに、アスペルガー症候群の主要な特徴的症状4)の社会性認知処理の不全、社会性情報に限らず情動処理が不得手という特性を定量化するために、対人場面における情動記憶を想起させることにした。本研究はさわ病院倫理委員会の承認を得たのちに、試験の実施について保護者と被験者に説明し、書面による同意を得た。

2)方法

(1)対象
DSM-IV-RとAutism Diagnostic Interview-Revised (ADI-R)でASDのアスペルガー障害と診断された7-15歳の男子6名、女子1名、および、症例の健常同胞で7-15歳の男子1名、女子4名を対象にした。 

(2)対人反応の場面設定
被験者はさわ病院外来診療施設の家族との面談室(縦横高3 x 3 x 3.5[m])の中央部に設置されている机前に着席し、TVゲームを行いながら装着ストレスの少ない小型の接触型計測器(次項)を装着した後、一人でいる場面、ついで母親からの電話をうけた後、場面1:未知女性検査技師との面接、場面2:未知男性薬剤師と面接、場面3:主治医との面接の連続刺激場面を経験した。面接ではそれぞれの面接者から社会性、非社会性に関わるエピソード記憶の想起を促す質問を行い、応答の内容を記録した(計測場面の概略をFig.1に示す)。

(3)対人反応の計測
(非接触式計測)汎用webカメラおよび赤外カメラ(TP-LおよびCPA-L、チノー社)各3台により被験者の頭部中心、顔の向き、赤外発信強度(主に体温、発汗など生理状態に依存)を一秒に一回計測した。
(接触式計測)DAQカード式のコンパクト携帯型脳波計(インタークロス410)を国際標準脳波電極配置10-20 法に従い、前頭部のFp1、Fp2、側等頭部のT3, T4, 頭頂部のCz, 後頭部のOの計6極を頭皮上に設置し、500Hz でデジタル信号に変換して記録した。体温(分解能0.01℃、インタークロス)を1秒毎に測定して10秒間ごとに平均値を算出した。

(4)データーの解析:多変量解析
上記(3)で得られた計測値にもとづき、TVゲームの内容、主治医、母親、女性検査技師、男性薬剤師の4タイプの質問者と質問事項に対する脳波、赤外線センサーによる顔面と頭部の温度、視線の注視角度などについて、10秒ごとの平均値を算出し、この値について主成分分析を行って主成分得点、因子負荷量を算出した。この主成分得点を用いて、各被験者の質問者への応答項目別測定値について2度目の主成分分析を行って因子負荷量を算出した。この因子負荷量を被験者、および質問項目別に集計し、アスペルガー障害群と健常者群間で統計的に比較した。

3)結果

主成分分析では脳波パワースペクトル、顔面と頭部の赤外線の強度、および視線注視方向変動の寄与が大きい主成分軸が抽出され、被験者の3つの主成分の因子負荷量がFig.3のような角度構成を示した。面接場面による変動は患児群で脳波パワースペクトルのβ波方向への変動が有意に大きかった。また、赤外強度と視線変量は患児群でより有意に大きかった。赤外画像センサーによる被験者頭部および顔面から放出された赤外強度と接触型体温計による皮膚温度の変動幅はアスペルガー障害患児の方が有意に大きかった(Fig.2)。被験者の応答反応では自己に関わる記憶の想起と他者に関する想起が脳波の因子負荷量方向に相関していた。さらに、行動指標として他者への注視と、唾液中コルチゾール濃度、さらに心理尺度(ADI-R)との相関解析から、ASDではテスト中のコルチゾール濃度がテストの1ヶ月前の定常値よりも低下しており、これが他者への注視が少ないこと、ADI-Rの他者理解の悪さと相関していることが示された。


4)考察

本研究では、精神状態を予測するアルゴリズムとして、行動の変量を主成分分析で座標化するBouquet法(Behavior output analysis for quantification of emotional state translation)5,6)を用いた。この方法は行動・生理パラメーターについて主成分分析などを用いてクラスター化して座標上にプロットすることによって、行動の特性を解析するものである。本解析によって、自己や他者に関わるエピソード記憶を想起させる質問に対するASD症例の微細な反応特性を数量化し得た。患児の場面間の変化は脳波パワースペクトル軸で特に変動が大きく、かつ、非接触型計測器に基づく赤外強度や運動・注視方向の変動も大きい傾向が見られた。赤外画像は暗闇環境でも取得できることから、ASDに特有な不安・緊張とそれに伴う体温の微細な変動、注視方向、睡眠障害の検知に役立つと考えられる。本解析では質問に対するエピソード記憶の情動反応を数量ベクトルとして分離できた。上記の反応特性はASDの特徴である社会性情動処理の苦手さが、場面変化に応答する変動が健常者よりも大きいことを示している。私たちが行っている生理・運動反応定量システムはASDに限らず、統合失調症や双極性障害など精神疾患、認知症などの神経疾患全般に応用できる可能性がある。


1. Koshiba M., Ogino T., Aoki,I., Kanno I., Nakamura S. Development of an animal model and a social behavior assessment scoring method for developmental disorders. Ann Gen Psychiatry 7(suppl 1); S247, 2007
2. Blakemore S-J. The social brain in adolescence. Nature Rev. Neurosci. 9; 267-277, 2008
3. Buccino G., Amore M. Mirror neurons and the understanding of behavioral symptoms in psychiatric disorders. Curr Opin Psychiatry, 21;281-285, 2008
4. Frith C.D. & Frith U. The neural basis of mentalizing. Neuron, 50; 531-534, 2006
5. Senoo A, Okuya T, Sugiura Y, Mimura K, Honda Y, Tanaka I, Kodama T, Tokuno H, Yui K, Nakamura S, Usui S, Koshiba M. Effects of constant daylight exposure during early development on marmoset psychosocial behavior. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2011 Jan 14.
6. Koshiba M, Mimura K, Sugiura Y, Okuya T, Senoo A, Ishibashi H, Nakamura S. Reading marmoset behavior 'semantics' under particular social context by multi-parameters correlation analysis. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2011 Feb 24.
7. 岩渕奈穂子、小田一之、鈴木美穂、田中聡久、中村俊、小柴満美子.:個性的感性の神経工学的評価の試み〜 脳波、心拍、体表温度計測と感情の相関解析. 信学技報2009-26(2009-10).
8. Kennedy DP, Glascher J, Tyszka JM, Adolphs R. Personal space regulation by the human amygdale. Nat Neurosci, 12, 1226-1227, 2009
9. Klim A., Lin D.J., Gorrindo, P., Ramsay, G. & Jones, W. Two-year-olds with autism orient to non-social contingencies rather than biological motion. Nature, 459, 257-263, 2009

招待講演
国際学会
Visualization of a common structure of social behavior development in domestic chick and common marmoset, M Koshiba, M Suzuki, K Yamazaki, A Seno, M Okuya, D Mochizuki, Y Sugiura, K Shimizu, Y Shirakawa, K Mimura, I Aoki, I Kanno, Y Honda, I Tanaka, T Kodama, H Tokuno, S Usui, S Nakamura, Stress and Behavior, 17 May, 2010, St-Petersburg, Russia

Serotonergic system involvement in the critical period of peer social behavior development in chick, S Nakamura, Stress and Behavior, 18 May, 2010, St-Petersburg, Russia,

The common behavior parameter correlation over species revealed by the movie imaging analysis of peer social interaction, M Koshiba, K Mimura, A Senoo, T Okuya, N Iwabuchi, M Ishizaiki, S Fukasawa, D Mochizuki, Y Shirakawa, H Ishibashi, T Tanaka, S Nakamura, IEK, Creativity Lab, Biomedical Tech and Device Research Lab, 30 September, 2010, Taipei

Developmental mechanism of peer social empathy through critical period
S Nakamura, the 36th Congress on Science and Technology of Thailand, 27 October, 2010, Bongkok

国内
シンポジウム
児童/思春期・自閉症スペクトラム障害・自動診断システムの開発、シンポジウム「発達障害の思春期、青年期の診断と医学的ケアー」小柴満美子、妹尾彩、山内秀雄、由比邦雄、中村俊、第106回精神神経学会、2010年5月21日、広島

相互インタラクションによる同士間社会性発達:鳥類および霊長類モデルから、シンポジウム「身体・脳システムの心理表出行動と分子動態基盤」、小柴 満美子(代表世話人および講演)日本分子生物学学会第10回春季シンポジウム、2010年6月8日、仙台

共感性障害の脳内機構と治療的臨界期、中村俊、シンポジウム「自閉症スペクトラム障害の脳機能病態」第32回日本生物学的精神医学会、2010年10月9日、小倉



図1.



図2.



図3.


 
 
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